スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[ --/--/-- --:-- ]

| スポンサー広告 |
みぞれの夏の日

プロローグ

子どもたちが実家の仏壇の前で遊んでいる。
私の父はもう10年近くも前に亡くなったので、子どもたちは遺影写真のおじいちゃんしか知らない。
ニナがたまに、「これがパパのお父さんか?」と聞くが、顔が似ても似つかないために不思議そうだ。

その写真は、抗がん剤の影響でスキンヘッドのものである。
笑っているが、確かに私の思う親父とも違う。
ニナサナともに、仏具が大好きで、強力にチーンと鳴らしまくる。
マンマイチャンと言い、そして仏壇の中のいる親父を不思議そうに見るのであった。


第1章 名草山を眺めながら


2004年7月。
その日も暑かった。
車いすを押して、医大の裏口に行く。ロータリーの脇に止めて、少し待っててと言い、
アイスクリームを買いに売店に走った。

その年の5月に結婚した私たち夫婦と、車いすの親父の3人でアイスクリームを食べる。
親父は普段からデザートなるものを食べないのだが、かき氷のみぞれなら食べる。
今は70円くらいかな、当時50円のプラスチックのカップのあれだ。
子どもの頃は、なんでそんな味のないものが好きなんだと思っていたもんだ。

食欲もなく、やせ細った親父は、無表情にみぞれを食べていた。
その1ヶ月後亡くなったのだが、来年はいっしょに食べることはないなと思ったし、
親父ももう長くないことは分かっていたのだろうと思う。

そこから真っ直ぐに見える名草山は、私が育った町でもあり、親父たちが家を建て、
高度経済成長期に過ごした街でもある。
なのに初めて気付いた。名草山は、尾根が丸くて優しい形をしていた。
緑豊かな山は、ここの住人たちを見守っている雄大な心の持ち主だった。

第2章 親父はいったい?

3人は無言で照りつける太陽の下、黙々と食べる。
親父はみぞれを、私たちはクリームの入ったかき氷を。
透明で面白くない色で、砂糖水のようで不味いと思っていたみぞれ。
親父はゆっくりゆっくり口に運ぶ。

そう言えば、親父の幼少時代や結婚のことなど聞いたことがない。
まあそんなことしゃべるような男でもなかったし、
トラック野郎の職業柄か、ちょっと荒々しくて、ぶっきらぼうで筋肉隆々だったイメージしかない。
でも、もう点滴しか受け付けないやせ細った身体は、どうしようもなく小さかった。
多分、高卒で運送会社に入り、転職もせずに生涯働いたのだと思う。
会社の文句は日々言っていたが、休まずさぼらず日本全国を大型トレーラーで走っていた。
その時、何を聞きたかったか、もう忘れてしまったが、
もっと聞いておけばよかったと思う。

第3章 最後の夏を思う

葬式のとき、親戚のおばちゃんが高校生の頃の親父の話を聞かせてくれた。
「学校の月謝、使ってしまってどうしよう」(何に使ったんだ!)とか言っていたよとか、
「昔からあまりしゃべらないよ」とか。
でも、そんなバカバカしい話もしたらよかった。
親父も酒が好きだったが、いっしょに飲んだことはあまりなかったし。
今なら飲むんだけどね。

やはり最後のみぞれの夏となった。
あのあとすぐに車いすに乗ることもできなくなったし、話すこともできなくなった。
人間どんなに大病でも、口から物を食べている時は大丈夫。
これが、親父が教えてくれた教訓だ。数値が悪くても、しんどそうでも、
医者が覚悟しておいてくださいと言っても、口から少しでも食べていたら大丈夫。
全く食べなくなって、点滴だけになったら最後は近いんじゃないだろうか。

梅雨になり蒸し暑くなってきて、夏が来るたびに思い出すみぞれ。
今年は食べてみようか、もうあの味が分かる歳になったかな。
子どもたちが色とりどり、味いろいろのサーティーワンで、
はしゃいでいるその横で、また思うのだった。

エピローグ

みぞれ買ってみた。
031.jpg


味が素朴すぎて、
やっぱり泣けた。
スポンサーサイト
[ 2013/06/15 19:28 ]

| ファミリー | コメント(0) | トラックバック(0) |
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。